El camino que lleva a Espana.
                  
「スペインへの道」


ご注意:このページはものすごーく長いです。
全部読んだら文庫本ぐらいになるかも。心して読んでください。

能書きは良いからさっそく読むと言う方は下記のリンクからどうぞ。


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1988年11月28日
バルでの授業。

最初のcurso 1Aのメンバー。
左からなるちゃん、ワタクシ、カイ、
プーラ(先生)、ルディ。

なるちゃんとは今も友達。
カイとは11月から翌年3月まで
ずっと仲良しだったし、
ルディは12月に帰国したけど、
手紙のやり取りが続いた。

そして89年4月の帰国時には
カイ、ルディそれぞれと彼ら自慢の祖国
西ドイツ(当時)で再会を果たしました。
どちらも本当にいい友達だった。

このクラスメイトだったからこそ、
日本人の友達ができない辛さも
乗り越えられたと思う。

本当にありがとう!
   

20年後の私のコメントはもうちょっと下にあります。↓

1998年 (10年後の私のコメント)


私の手元に厚さ3cmほどの手紙の束があります。
それは私が1988年にスペインへ行った時に
スペインから日本でお世話になった語学学校宛に
書き送ったものでした。
帰国してから先生が「あなたの思い出だから」と言って
返却して下さったのでした。

ちょうど10年前の事です。
スペインでの生活はまるで夢の中の出来ごとのようでした。
そして非日常、全く違う世界の事でした。
帰国してからこの手紙を読み返す勇気は今日までありませんでした。

10年たってもう一度客観的にあのころを見てみるのもいいかもしれない、
と思える様になりましたので、ここに一部修正、加筆して
公開することにしました。もしご意見などを頂ければうれしいです。
とは言うものの言わば日記がわりに日本の友達に送ったものですので
大変プライベートなことが多くおハズカシイ限りです。

なぜスペインだったのか?
そのころはまだバルセロナオリンピック前ですし、スペインは
特に脚光を浴びていたわけでもありませんでした。
ある写真、それは皆さんも見たことがあるでしょう。
丘の上の風車の写真です。あれに感動してぜひこの目で見たい、
と思ったのです。
最初は10日ぐらいの旅行をと考えており、スペイン語学校の
1クールが終ったらと思っていましたが、習うほどに単語が

全く分からない事が恐ろしいのと、スペインへの情熱が高まり
結局数ヶ月だけでもスペインで生活をしたい、と言う気持ちになりました。

行きたい、と思って実際に行くまでには、ですから2年かかりました。
といっても忙しい会社生活の合間ですからスペイン語は本当に
大したレベルではなかったのですが。

出発間際に同じ会社で働いていたなるちゃんが
「あたしも行こうかなあ」といいだし、急遽2ヶ月の予定で同行する事に。
さらに、英語に堪能でこのHPに「アングロバイト」を寄稿して下さっている
みちえちゃんも同じころヨーロッパへ行く事になり、それならスペインだけは
一緒に廻ろう、ということになりました。

スペインでの生活は私の人生観をすっかり変えて
しまった貴重なるものでしたのでこうした形で残す事にしました。
スキャナーがいつか手に入ったら、写真も入れます。
また赤字で書いてある部分は10年後の私、
つまり現在(1998年)の私のコメントです。

語学学校は一応日本でいくつかをピックアップしておいて
あとは現地で自分の気に入った街にしよう、と決めていきました。

出発日:1988年10月18日
大韓航空機123、000円(一年間オープン)
(成田ーソウルーバーレーンージェッダーチューリッヒ
-チューリッヒージュネーブーフランスーバルセロナ)

レート:1ペセタ 約1・2円                               
              
                       1998年10月 記

地球の歩き方
1988〜89年版

(1480円)

たくさんの書き込みがある
当時の私の「地球の歩き方」。
情報に偏りがあるのは
否めないけどやはり
若者の旅の友であるのは
間違いない。

私とともにスペイン・ポルトガルを
旅してもうボロボロですが
捨てることはできません。

今回は、当時の書き込みに
ずいぶん助けられました。



2008年 (20年後の私)

そして今、2008年になりました!
あれから実に20年の月日が流れようとしています。

上のコメントを書いてから、さらに10年たった今、
再びあの頃の手紙を読み返すことになりました。

前回、未完成のまま終わってしまったのはおそらくあの頃の手紙の重みに
耐えられなかったのだろうと思います。
今回も何度も負けそうになりましたが、何とか頑張ってみましたが
半年以上の時間がかかってしまいました。

20年近いの月日の間に、たくさん書いた手紙のかなりの部分を
紛失してしまいましたし、写真も思ったほどなくて残念に思っています。
あの頃は写真を写すことをあまり重要視していなかった。
感動して、撮ってみても出来上がったものにはその美しさが
全く写っていないのです。写真の限界を感じた気がしました。
そして自分の目や心で感じたものは、絶対に消えるはずがないと言う思いも
またありました。
だけど風景はともかく、出会った人たちの一瞬一瞬の表情はもっと残しておけば
良かったなと今となっては遅いけど、そう思います。
仲の良かった人たちの写真は本当に少ない。
特に仲良しだったマリサ・ヤオリンの写真などこのHPに掲載したものが
すべてです。あれしか写してなかったなんて…信じられないけど
当時は、また絶対に会えるから、と思っていたのだろうと思います。
たくさん写真を入れたいと思っていましたが、そんなわけで手元には
ごく僅かしかありません.

そして残念ながら実際には、かなりのことを忘れています。何しろ20年!
でもあの数カ月がいかに素晴らしい時間だったかは
私自身が誰よりも知っているのでこれで十分だと思います。
忘れたからと言って、意味のないこと、価値のないことではなかった。

私の人生でこれが最大の思い出、これしかないなんて意外と大したこと
なかったな・・・などと思ったこともあったけど、
でも、今でもこれだけ大事に思える人々に出会えたことは
やはり私にとって最大の宝といえる時期だったのだと、今つくづく思います。

2008年の私からのコメントを、今回はグリーンで書いてみました。
1998年の時よりも長くなることが多いのは、これ以上忘れないうちに
できるだけ覚えていることを残しておこうと思ったからです。
冗長になるのはご容赦ください。

今回はサイト内検索もつけましたので(各ページ右上)、
スペインの地名や心当たりのある人名などを入れて
必要なページを探していただくこともできます。

また前回と異なり、手元にある手紙をほぼ原文のまま掲載しています。
当時の言動を今になって読み返し、あまりの無知と無防備さに
我ながら衝撃を受けたことが多々あって躊躇もあります。
馬鹿正直に何から何まで書き送っていた自分が恥ずかしい・・・。
でもこれもまた青春!そう考えてあえて残しておくことにしました。

では・・!Vamonos  y  Adelante!

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                               2008年7月 記

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