El camino que lleva a Espana.
「スペインへの道」
1989年1月30日 サラマンカより
Queridos amigos;
お元気ですか?
私は毎日死ぬほど忙しいです。
あの手紙好きの私がこんなに長いこと書いていないのだから
想像できるでしょう。
2月2日が試験なのでそれがすんだらゆっくり書きます。
あ、それからお金が手に入ったのでやはりサラマンカに残ります。
ごめんね、皆さん。手紙続けてください。
ダリが死んで雑誌・新聞は大騒ぎです。
特にABCは大特集です。
クラスは毎日接続法です。クラスで一番できません。
というか単語力ですね。
この単語が接続法を引き連れるかどうかがわからないんだもん。
あとCOMPUESTOとかもよくわからない。
クラスのみんながこれを勉強している頃、私はクラス替えに
いそしんでいたもので。
でも接続法はパズルみたいで面白い。(使えるかは別)
もう1回2Aやれば少しは使えるかな?
今日、内田さんから電話がありました。
昨日まで中西さんが来ていたそうです。いいですね。
なぜ私を誘ってくれなかったの〜? 悲しいよ・・。
きっと私をのけ者にして、ふたりでpescaban unas chicasに違いないですね。
私もグレて、chico guapoを釣りに行ってやる〜!
この電話で、皆が1月4日に先生が撮った写真を
受け取ったことがわかりました。
あの写真は本当に玄人はだしです。さっそく部屋に飾りました。
ありがとうございました!
昨日、家から電話があり妹がva a
casarseなのです。
私、ど〜しよう。風あたりがますます強くなりそうだ・・・。
では、また。
なんとかお金をゲットして、もう1か月過ごせることになり
うれしかった頃だと思います。
でも何も覚えてない。
当時としては、いいお年だった私は妹の結婚が先に決まって、焦りはしないものの
帰国後の両親からの責め苦?を想像するだけで恐怖におののいていたに違いありません。
先生からの絵はがきは、スペインに行く前マンボ(登山の師)と私と3人で
数日間かけて縦走した八ヶ岳の冬を撮影したものでした。
当時泊まった山小屋も写っており、今見ても懐かしいですね。
サラマンカの自分の部屋に、皆からの絵はがきやカードとともに飾っていました。
こんな学校ほかにあるでしょうか?本当にいい学校でしたね。
というわけでスペイン語習うならイスパニスタ!です。
(2008年2月 記)
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