El camino que lleva a Espana.
                  
「スペインへの道」

1988年12月18日 日曜日

昨日、友人から来た手紙に 彼女も一昨年アメリカの大学に短期留学した際に、
私と同じような体験をしたと書いてありました。
日本人の遠慮深さや思慮深さというのは海外ではとても奇異なものに映るらしいということでした。

日本人であるという意識は捨てなくてはならないのかもしれません。
これは本当に難しいことです。
私もよくステファンとルディから同じようなことを言われていますが・・・。
まず言葉ができなければ日本人以外の何者でもないのですから。
でも「はい」と「いいえ」、そして自分のオピニオンを持ってさえいれば、皆違う言葉を
話していても輪の一部にはなれるような気がします。

ただ、日本人なりのよさもあると思うのです・・・たとえば、お金を渡すときにちょっと紙に
包んだりとか、何か手紙を添えたり・・・それにマリサも言っていましたがあの日本独特の
「お体に気をつけて」とかそういった人を思いやる言葉とか・・・。
レースのティッシュケースを見たみんなに「おお!エレガント!」とびっくりされたこともありました。
いろいろな奥ゆかしさもまた日本人の魅力だと思うのです。


でも、島国として作り上げてきた日本独自の文化ゆえに欧米人のすることにいちいち
反応してしまう・・・そういう「慣れ」がないことも関係していると思います。
何か金髪・青い目が特別なもの、優位に立っているもののように見えてしまうこともあるかな。
あとはやっぱり自分の国に対しての「誇り」それに「知識」があまりにも少ないと思います。
日本で大学生をしているという子に「総理大臣ってどうやって選ぶの?」と聞かれて
びっくりしてしまいました。だけどそういう人って多分とても多いと思う。


日本人にはたとえ宗教を持っていなくとも、やはり底には仏教的な観念が流れているように思います。
これはカトリックやプロテスタントの彼らとは全く異なります。
私は教会建築の美しさにこのスペインで魅せられましたが、やはり阿修羅王像の
清潔感が好きですし、日本庭園の計算された美しさにも心惹かれます。
無理しても地続きのヨーロピアンたちとは違うのですから。我が道を行くしかありません。
だけどそれを開き直りではなくて、信念として持つためにはやはり自分自身が日本のことを
知らないと駄目だな、と思うのです。
この自信のなさが日本人の悪いところかな(私も含めて)。


昨日、マジョール広場でお茶しながらひとりで本を読んでいたら、ルディに会いました。
読んでいたのは日本文化史だったので、またもや彼の好奇心を刺激した様子。
「なぜ阿修羅王にはたくさん顔や手があるのか?」「(釈迦三尊像を見て)なんのために
3種類あるのか?」 「この塔は何のためにあるのか?」などとしつこい質問がはじまりました。
たまたまスペインに来る前にこのあたりはレポートを書いたばかりだったのでなんとか
答えることができましたけど…説明が伝わったかどうかは疑問。
ほんとにスペイン語力がないのは悲しいものですね。

「私はカテドラルや教会建築がとても素敵だと思うけど、こういう仏教伝来の建物や
仏像にはやはり心惹かれるものがある。それと同じように日本人の多くが
感じているから、だからあなたの見た日本人のようにカテドラルに5分以上
いられないんだよ。」と言うと大笑いされてしまいました。
でもこういうARTEの話をきる人は、お互いここではなかなかいないよね、なんて
言いあってとても楽しい時間でした。

さて、今日の授業では宗教の話になりました。
わがクラスはマリサが当然カトリックで、カイ・ルディ・ヒロトシがプロテスタント、
そして私がATEA(無宗教)という状況です。

日本の宗教について聞かれましたが、わずかな人がプロテスタントとカトリック、
いわゆるクリスチャンでほかは仏教あるいは神道。
でもさほど熱心というわけではない。
そして一部熱心にミサを行う新興宗教があるということを話しました。

そういう宗教の多くは熱心な信者の献金で立派な寺院を持っていたりするが
トップのやっていることが時には金儲けのためのように見えるような気がする
というととても驚かれました。(私の説明間違っていたら日本人の皆さんゴメンナサイ)

ルディから「君はなぜ宗教をもたないの?君の人生にとって宗教は必要なものでは
ないの?」と聞かれました。

実はこれは私が高校時代から抱えているテーマなのです。
カトリックの学校でその押し付けに嫌気がさしたとは、以前にも書いたことが
あるかもしれませんが、キリストはある日、神によって自分のなすべき使命を
伝えられました。彼はもうあらかじめ自分の約束された場所があったわけです。

でも、そういう居場所というか身分の保証があることは勇気を与えてくれると思いませんか?
だからキリストは自信を持ってユダの裏切りや、ピラトの迫害にあってもやっていくことが
できたのだと思います。
彼もまた狂信者だったのではないかと私は思っているのです。

母校のシスターたちが結婚しないで神のために生きるのもまた一つの道であることは
間違いありませんが私たち生徒が「神に選ばれて入学した」と言われるのがたまらなくいやでした。
私自身が選んで入学したと思っていました。
良いことは神の導きとされ、悪いことは私たち個人の至らなさのせいにされるなんて、あまりにも
都合がよすぎるといつも感じていました。

そしてまた人間が存在し、誕生し、宗教をもつということの根底には肉体的な欲求があって
しかるべきなのにそれを否定して処女性を強調するこの宗教に共感を覚えることは
できませんでした。
…カトリック国にいながらにしてなんということを私は書いているのでしょうか・・・・

聖書は確かにすばらしい教えがあるし・・・私が好きなのはマテオの福音書「裁かれたくないなら人を
裁くな・・・」のあたりです・・・聖歌にも大好きな曲はたくさんあります。
スペインに来てから教会にはずいぶん通っていますが、ミサに出れば心が洗われるようです。
でもなんだか違うのです。

こういう点においては偶像崇拝もなく、聖職者の結婚も許されているプロテスタントのほうが
自然な気がします。
ましてや仏教。
インドの王子として生まれながら、死、飢え、病める人を見て、バラモンに会い出家しました。
キリストと違うのはこの点です。
そのまま王国を治めるほうがたやすかったことでしょうけれどもその地位を捨てたのです 。
だから私は仏教に軍配を上げたいと思います。 でもやっぱり納得いかない点もあります。
だって、2億7千万年後に滅亡が訪れるのがわかっていて黙って見ているというのが理解できない。
救世主弥勒の出番を待たずに、最後の時が来る前に救えばいいじゃないかと思う私は
単純すぎるのかな。

私にとっては宗教というのはどうも逃げ道のように見えて仕方ないのです。
私も時々何かすがるものがあったらどんなに楽だろうと思うけど、特定の宗教は選べません。
生まれながらに宗教をもつ、日本の一部の人たちやヨーロッパの人のようであれば、
宗教がなくてはならない ものなのは当然です。
彼らに私が宗教をもたないことを説明することはとても困難なことです。
私にも実は祈りの対象になる神様はいます。
でもそれは特定の宗教を超えた私だけの神様なのです。

宗教が必要ないのかというルディの質問に対しては、「私は私であるから必要ない」と答えました。
これに対しては何も言われませんでした。生まれながらに宗教をもつ彼らには理解できないことでしょう。

でも宗教だけでなく、政治に関しても所属を持たない理由というのを考えると大変なことだなと思います。
私は特にポリシーもあるわけではありませんが、社会主義の国にはちょっと興味があります。
だからといって そういう国に住みたいと思わないけど。
でもクラスの人たちが「僕はsocialistaだ」とはっきりと言うのを聞くと恥ずかしいなとつくづく思います。

毎日、私よりずっと若い彼らがいつも過去の大戦や政治、祖国のことを身近に感じて考えているのを
目の当たりにしているのです。ヒロトシは仕方ないよと言いますが、そんなことでいいのかな。
日本に帰ってからやらなくてはならないことの指針が毎日毎日増えていきます。
ちょっと遅いけど良いきっかけだったと思うことにします。

1日1冊、本を読んでも1年で365冊。10年で3650冊しか読めない。人生って短いものですね。
命短し、恋せよ、そして読書せよ、乙女…って感じでしょうか。
そんな風に考えている今日この頃の私でありました。

今日の午後は、マジョール広場におひさまを浴びに行ってきました。
なんだか知らないけどものすごい人垣で、ひとりの男の人がしゃべりまくっています。
そしてそばにはローラースケートをはいた女の子たちがいて、たまにやじったりしています。
いつもいる靴磨きのおじさんや、人ごみの中からもいろいろな声がかかり時々どっと
笑い声が起こります。
私には何を言っているのかさっぱりわからないけど、見ているだけでも面白いです。
テラスでお茶を飲むと50ペセタほど高くなるのですがこういうことが見ることができるとまあいいや、
という気分になります。

スペインの日が沈むのは遅いといってもやはり5時ころには広場の建物の陰に日が落ちて
とても寒くなります。
ヤオリンと偶然会ったので、しばらく話していたけど寒さに耐えきれずに帰ってきました。
そしてその足で新カテドラルへ。久しぶりに行きましたが、やはりすごいですね。
息が止まりそうな静寂感と緊張感がありました。キリストさま、さっきは悪く言ってごめんなさい。
でもあの建物を建てたのはあなたではありませんよね・・・?

広場でEL PAISを買いました。
毎週日曜日は買っています。別に新聞は読まない(読めない)けど日曜版は3冊の小冊子の
付録が付くのです。
マンガ・インタビュー・パズル・占い・そしてアートのページがとても良いのです。
星占いもあります。今週のてんびん座は・・・
Nuevas felices en el viaja podra conocer a una persona que puede iniciar
una amistad muy interesante.
Cierta facilidad con el dinero. Tanto gastos como en ingresos.
となっていました。旅行しなくちゃ。タロット占いも全体的に見て良いようです。

もう18時10分です。これから19時半まで勉強しカイのプレゼントを買い、
20時から近所の ベラクルス教会のミサに行きます。
ここはまだ行ったことがありませんが、サラマンカのガイドブックを見ると、
内装がとても素晴らしいようです。
あとは、ジャッキーに教えてもらった自然食レストランにでも行こうかと思います。
では、また。

*********************************

やはりミサは良かったです。寒いけど。教会もこじんまりしていていい感じ。
祈りの言葉を書いた紙をもらってきたので同封します。
新聞よりたぶんわかりやすいと思います。
本当は返さなきゃいけないんだけど、これもスペイン語のため皆さんのため
きっとキリストさまは 許してくれるはず。
お説教を聞いて、やはり何世紀にもわたって信者を増やしてきただけのことは
あるなと思いました。
落ち着きのあるミサでした。いろいろなことを祈ってきました。

さて、今日は日曜というのに郵便が来てました。ここに来てから20通目の手紙。
とても、とても、とても、うれしい!ありがとうございます。
ベアトリスからのクリスマスカード、とても素敵なので壁に飾りました。
皆さんからの絵はがきももちろん飾ってありますよ。

家に帰って机の上に手紙があるともううれしくて思わず抱きしめてしまいます!
何もない日は本当に寂しくてがっかりです。

どうぞ皆さんも楽しいクリスマスとそして新年をお迎えください。
教会でも祈ってきたけど、今また心よりお祈りいたします。
私は年末、アンダルシアにもう一度行ってみようかなと考えています。
でもポルトガルや北スペインも行ってみたいし、どうしようかな。

マドリのメトロの切符、道で配っていた広告、コレヒオのパンフそしてマックの広告、同封します。
くだらないものばかりですけど、スペイン語学習に役立てていただければ幸いです。

1988年12月20日 火曜日

こんにちは。
前回の手紙、途中で日付が間違っていました。今日は12月20日火曜日です。
今日はとても憂うつで疲れています。

昨日、授業の後フィエスタをしました。
今回はヒロトシの出番でスパゲティと和風のサラダ、そしてワインというメニューでした。
とてもおいしかった。食べ過ぎです。
メンバーはいつもどおり、マリサ、カイ、ルディ、ヒロトシ、ステファン、タツ、そして私でした。

音楽家というのは料理上手みたいで、アリカンテの内田さんもなかなかのものでした。
やはり神経が繊細なのかもしれませんね。とにかく皆大満足でした。
その後、ルディ、ステファンは約束があるといって別れ、私とカイ、マリサとヒロトシは
マリサの友人に会いにまた別のところへ。

結局、朝の3時頃までマリサ達と一緒にいて、寝たのは朝5時過ぎでした。
シャワーがいつも朝、混むので7時前にはおきました。
ああ眠い。でももうすぐアナが国に帰るので見送るためにおきています。

さて、憂鬱の原因、試験の結果ですが全然だめでした。易しいのに出来なかった。
スペイン語作文で使った動詞が目茶苦茶でした。悔しい。
返ってきたテスト結果ではクラスで最低でした。
一応ぎりぎり合格圏でしたが、先生が2Aに進むかどうかを聞かれたので
やはり1Bをもう一度 やった方が良いんじゃないかと思う、と答えました。

 
これが1Bのテスト。
69点満点(半端ですね)中の46点しか取れていない。

3ページにわたるテストのこの1ページ目の
2問目は8問中7問が不正解という体たらく。
ひどいものです。
今見るとなぜこんなものができなかったのかと
思うほどやさしいのですが、そもそもこの時は
問題の意味すらわかっていなかった様子。
情けないですね。

3ページめ、西作文のテーマは
「理想的な結婚」というものでした。
A4にかなり長く書き綴ってありました。
見解は我ながら面白かったけど・・・
やっぱり文法と時制がめちゃくちゃで
先生のチェックがやたらと入っていました。

この問題に挑戦したい方には
リクエストにお応えしますので
ご一報ください。

このテスト結果aprobadoは一応合格なのですが
あまりにも時制がわからないため、もう一度
1Bを繰り返すことを決意しました。くやしい〜!


カイは2Aスペシャル,ヒロトシは2Aのノーマル(スペシャルはクラスの人数が4、5人で
授業時間も多い。どちらかというと短期決戦の外人が多い。 ノーマルは10人前後でのんびり進む。
会社や学校を辞めたり休んだりしてきた日本人が多い。)に進むので、
来年のクラスには顔見知りはいなくなります。

カイは試験後すぐにドイツに帰りました。用意しておいたクリスマスカードを渡すと
とても喜んでくれました。
先月は全然スペイン語で話しかけても英語でしか答えてくれず冷たいやつだったけど、
今月はずいぶん優しくなった。 朝会うと車に乗せて行ってくれるようになったし
なんだかんだと楽しく話ができるようになってうれしいです。
しばしの別れとはいえ、とても寂しい。
こんな感覚をカイに対してもつようになるとは11月には思いもしなかった。

「ドイツビールが僕を待ってる!」と言うので日本語では「ビールお願いします」というのだと
教えてあげました。ちゃんと覚えてくれました。
「これさえ知っていれば少なくとも日本に一人で行っても生きていけるね!」だって。


何で英語でしか答えなかったのかを聞くと、「スペイン語、下手だから」だって。
私なんかよりずっとうまいぞ。

家に帰るとアリカンテの内田さんから電話が来て、26日ごろサラマンカに来れそうとのことでした。
今の私には何よりもうれしいことです。
だれど、私はできるならクリスマスイブに来てほしかったな。誰もいないイブなんて・・・。
でも、そんなぜいたくを言ってはいけないのでした。
遠いところから来てくれるのですから・・・今からその日を楽しみに待つことにします。
会いに来てくれる人がいるということは、とてもうれしい、幸せなことなのですね。
本当にしみじみそう思います。どうもありがとう。

******************************

さて、今日はもうテストも終わり、学校もいよいよ最終日。
ネナが昨日「遅く始めようか?」と言ったのにルディが
「最後こそいつもどおりにはじめよう」と珍しくまともなことを言ったので
私はそれを真に受けて髪を乾かす時間もなく、濡れた髪のまま学校へ。
でも彼は一番遅くて9時半到着。最後までなんて奴!

そして私はまた、授業中なのにたまらなくなってしまいました。
授業中はそれでも下を向いて我慢していたのですが
終了と同時にトイレに行き、20分ほどひとり泣いてしまいました。
カイはもういないし、ルディもジャッキーももうすぐいなくなる。
いい友達になれたのに、皆がどんどん帰って行って、もう私はここにひとりになる。
みんなとはもう会えないと思うとどうしようもなかったのです。

やっと涙が止まってバルに行くと、そこでドイツ語通訳の森さんに会いました。
あれこれ話を日本語で久々に聞いてもらってうれしかった。
そして励ましにと、文芸春秋を頂きました。
マリサとお昼を一緒に食べた時、「私も辛いけど二人で泣かないようにしようって
約束したじゃない」と 言われ、ルディには、「今日は一緒に夕飯食べに行っていろいろ話しをしよう」と
ご招待を受けてきました。私が泣いたことはみんなにバレバレなのでした・・・。

マリサの授業はマジョール広場でしました。
終わった後マリサはぽろぽろ涙を流してルディと抱き合っていました。
私に「泣いちゃダメよ」といった自分のほうがよほど泣いてた。
彼女はこのクラスが今まで自分が出会った中で一番いいクラスだと前から
言ってくれていたのですが、私も本当にこのクラスでよかった。

ルディとはまたあとでということでそこで別れましたが、
今度はマリサと私が抱き合って泣いてしまいました。
今日の昼はマリサと一緒にしました。彼女とは本当に感情の動きが似てるなと思います。
寂しいけど彼女とカイにはまた来年会えるし、同じクラスになれるかもしれないからそれが励みです。

今、同居していたドイツ人のアナを見送ってきました。
またもや泣いてしまった・・もういい加減にしないと。
とても疲れているのでお迎えまで少しこれから寝ておくことにします。
なるちゃんから電話があったらしいのですが、その後まだ来ていません。

お迎え時間も近いけど・・・ルディとなるちゃんも話したいだろうなと思うので出かけるのを
少し遅くしてもらおうかなと思っているところです。

最近またこちらの生活ペースになってきて夜の9時ころになるとおなかがすきます。
また太ってきたかもしれない。
昨日ヒロトシに「あんたっていつも同じ洋服だね」と言われてしまった。
ちょっと、言っときますけどこれはケンゾーとヨージヤマモトだからね!
全く失礼だ。たとえそうだとしても普通言うかな?
私だって必死であれこれ少ない服をやりくりしているのに・・・。
そばにいたマリサが「何言ってるの?彼女はとってもおしゃれじゃない!」と
言ってくれたけど。
自分だっていつも、むかーしのダッフルコート着ているくせに〜!
悔しいので今日は母が送ってくれた、ケンゾーのお派手なスカートにしようと
思ったらちょっときつーい!!
ハイウエストでウエスト部分が巾10cm近いベルトになっているため
胃のあたりがかなり厳しい。

というわけで着る物もどんどん限られてしまいそうです。

でも本当に、皆さんに外人かぶれしちゃって、といわれようとも
彼らは本当に色々な変化によく気がついてほめてくれますよ。
とてもマメです。大袈裟なくらいほめてくれます。
ゴンちゃんはそういう点、立派でした。私は3重丸あげます。

・・・なんて書いている間にもう翌日。
ゴンちゃんに3重丸あげたところで、昨夜ルディがやってきました。
ずかずか家に入ってきたのはびっくりしたけど、なるちゃんから電話が来るかもしれないから、
もうちょっとだけ待っててね、と言って電話を待つ間、地球の歩き方のドイツのページを
見てしばらく遊んでいました。
綴りが違っているとか、自分の故郷が出ているとか、熱心に見ていました。
結局なるちゃんから電話は来なくて、映画のチケットも買ってきちゃったというので
出かけることにしました。

辞書2冊持って、ルディの希望で地球の歩き方も持って大荷物。
でも結局、 辞書は一度も使わずに済みました。

共通の趣味の美術から、ベルリンの壁のことなどいろいろ話しました。
1Bレベルでも何とか話せるものなのですね。とても楽しかったです。
私がまったく理解できない過去形を本当に心配してくれ、2Aに言ったほうが
絶対私のためになると勧めてくれましたがもうなるようにしかならない。
ラテン語を何年もやってきた彼らと、私たち日本人はスタートが違うんだから、
と慰められてもどうしようもない。

でも本当にいい奴でした。5歳違うから弟とおなじくらいだと思うけど、弟に比べると
ずいぶん 大人に見えるのは顔がふけているせいかな?
とても仲が良かったので、学校でも「彼氏?」なんて聞かれたこともあるし、
皆さんの誤解もあるようだけど・・・決してそういう仲ではありません!!!

私は彼の好きな人もちゃんと知っているのだ。

スペイン語を話すときの私は全く別人のようで、女友達とも話さないようなことを話しています。
不思議なものですね。何とも説明しがたい仲ですが、本当にそういう感じのいい友達なのです。
だからみんな誤解しないでねっ!

何だかんだと2時間ほどすごし、その後は映画に行きました。
そこでステファンたちと偶然会って合流し、一緒にダーティダンシングを見ました。
ここにきて何度見たでしょう。ステファンのほかにはマリエラ、そしてディアナ、ラルフ。
マリエラは、前は怖かったけど最近はとても感じが良くなっていろいろお話するようになりました。
でもものすごい美人のディアナはあいかわらず一言も口をききません。何しろ怖い・・。

2時ころまで皆でバルで話し、帰りはルディとマリエラで送ってくれました。
で、明日もまたフィエスタしようね〜だって・・・タフですね。
 最近はもう彼らのフィエスタも全然平気。
ステファンみたいに、年中気を使ってくれる人がいるのもあるけど、ごく普通にその場で
いろいろな話をする人もできたし。
ドイツ語の響きは心地よくてボーッと聞いているだけでもいい感じ。
この2か月彼らと過ごして、結局、その人個人の問題で話したければ話すし
話したくなければ話さない・・・要は日本人といるのと同じことだとわかってきたのです。

でもこんな毎日がもうすぐなくなってしまうと言うことを考えると泣けて来るので
なるべく 考えないようにしていますが。

さっき、なるちゃんと内田さんから電話がありました。
なるちゃんはマドリにいます。ルディも帰るしそれに間に合うように
こっちへ おいでよと誘いました。
多分来てくれるでしょう。

内田さんも家からお金が送金されてきたので、25日にサラマンカに来てくれるとのこと。
本当に楽しみです。
このサラマンカでいい友達は何人かできたけれども、やはり根っこが違うと感じることもあります。
日本語で楽しく話せる友達がいまだにいない私にとって、ふたりもの人が会いにきてくれるということは
皆さんが思っている以上に、私にはとてもうれしいことなのです。
気の置けない人たちと過ごせる日が、1日も早く来てくれないかということばかり今は考えています。

24、25日にはヒロトシ以外、外人も日本人もいないので、なんとなく誘われるまま約束してしまった。
何やっているのだろう。人は孤独よりも悪とともにある方を選んでしまうものなのか。

ところで皆さんが書いてくれたスペイン語の手紙をマリサに見せちゃった。
健康に気をつけて云々、という文章にマリサがえらく感動していました。
「なんて素敵、スペイン語では決して言わない言葉だわ。」だそうです。日本語ばんざい!

でも「日本にいる友達がこれだけスペイン語書けるんだから、あなたももっと勉強しなくちゃね」
なんて言われてしまいました。やぶへび〜!


なんだかすごく遊びまわってますね。
よく遊んだなあ、と いう記憶はあるけれどこんなに毎日 出かけたかなあという気がします。
やっと仲良くなれた友達ともクリスマスでお別れ。
めそめそ泣いたり、ばか騒ぎをしたり、試験の結果にがっくりきたりの忙しい12月でした。
1ヶ月前にくよくよしていたのがうそのように毎日が忙しくて充実していました。
テストの結果はいま一つでしたが、それには換えられないいろいろなものを手に入れたように思います。
        
                                                     (1998年 追記)


失礼なヒロトシに怒り狂っている私です。
でも写真を見ると、確かにいつも同じ服ばかりで写っていますね。
夜遊び用にはもうちょっとお派手目なものがあったのですけど、
ヒロトシくんの眼中にはワタクシなどなかったということでしょう。
と〜っても残念〜!!フンだ!!!

当時、ヨーロッパの友達は皆、家に帰ることを楽しみにうかれてました。
そんな感情を持てることが私にはうらやましくもあり、不思議なことでした。
クリスマスはイベントとしてしか捉えていなかったし、両親は当時私にとっては
ちょっとうっとうしい存在でもあったから。

家族と自分のかかわり・・・のちにドイツやスイスに行ってみて、
みんなある年齢になると家を出て独立していくことを知りました。
その理由が「大人だから当然」と聞いてちょっとショック。

その後、ハリール・ジブラーンの「子供について」という詩に感銘を受け、
彼らにとって子供は親の所有物ではなく、誰か(たぶん神様)からの預かりものである
という認識があるのだということを思いました。
それゆえ子ども自身がひとりの人間・個人として認められ尊重されていたのでしょう。
そして、だからこそ彼らは家族を大事に思えるのだということ。
また、彼らのベースにはやはり宗教というものが深く根付いていることも
大きな要因だったと思います。

私自身は今3人の子供の母親だけど、彼らのように、またこの詩のように
育てていきたいと考えています。
でもまた、友達親子とは違った理想的な親子関係を築くことは大変なことだと
日々実感しています。

素晴らしい詩ですので、ぜひご堪能ください。



「子供について」  

                                ハリール・ジブラーン

あなたの子は、あなたの子ではなく、
大いなる生命(いのち)の希求(あこがれ)の息子(こ)であり、娘である。
あなたを経て現れてきても、
あなたから生まれたのではない。
あなたと共にいても、
あなたに属するものではない。
あなたの愛を与えることはできても、
あなたの考えを与えることはできない。
子どもは自らの考えを持つのだから。
その身体(からだ)を住まわすことはあっても、
その魂(こころ)までも住まわすことはできない。
子どもの魂は、あなたが夢にも訪れることのできない、
明日(あす)の館に住んでいるのだから。
子どもらのようになろうと努めるのはいいとしても、
子どもらをあなたのようにしようとしてはならない。
生は、後ろに歩まず、昨日(きのう)を待つことはないのだから。
あなたは弓であり、あなたの子は、
その弓から生きた矢として放たれるものである。
この弓を射る大いなる人は、無限の道の上にある標的(しるし)を見、
大いなる力であなたを曲げたわめ、
その矢を速く遠く行かせようとする。
この弓射る人の手で、
あなたが曲げたわめられることを、
喜びとせよ。
何故なら、大いなる弓射る人は、飛ぶ矢を愛するごとく、
落ち着いたゆるぎない弓をも愛するのだから。


                                               (2008年2月 追記)

                Adelante ⇒

スペインの地名や人名を入れて、
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FOTOS



La ocacion
「百億の昼と千億の夜」
大好きな萩尾望都の作品です。

私が宗教について考えるきっかけと
なったもののひとつであります。
この壮大なテーマを20代で
描いていたのだからやはり天才。
すばらしい作品です。
原作を超えていると思う。






La santa biblia
聖書です。
旧約・新約ともに収録されています。

スペインで買いました。
もちろんスペイン語!

私の好きな一節
Primera carta a los corintios.

「La caridad es paciente, es servicial;
no es envidiosa, no se pabonea, no se engie;
la caridad no ofende, no busca
el propio interes,
no se irrita, no toma en cuenta el mal;
la caridad no se alegra de la injusticia,
pero se alegra de la verdad. Todo lo excusa ,
lo cree todo, todo lo espera, todo lo tolera.
La caridad no pasa jamas」

昔はスペイン語で全部言えたのに・・・。






La santa bibliaU
日本語の新約聖書。
上のスペイン語の訳です。

コリント人への第一の手紙。

「愛は寛容で、愛は慈悲に富む。
愛は嫉まず、誇らず、高ぶらぬ。非礼をせず、
自分の利を求めず、憤らず、悪を気にせず、
不正を喜ばず、すべてを赦し、すべてを信じ、
すべてを希望し、すべてを耐え忍ぶ。
愛はいつまでも絶えることはない。」

ものすごく有名な一節ですね。
最近はカトリック・」プロテスタントともに
新共同訳の聖書に統一されつつありますが、
私はこの高校時代の聖書の訳が
馴染みもあるせいか一番しっくりきます。
講談社発行、装丁はなんと安野光雅画伯でした。

長年の教育の賜物か、反抗的な私にも
ちゃんと刷り込まれていたのですね。
ミッションスクールの使命を果たしてます。
してやられた!って感じ。
数年前入院した時はよく読んでいました。




Iglesia San Martin
私のお気に入りの教会のひとつ。
素朴でシンプルなロマネスク様式の
個性的な外観。




Hoja Paroquial
小教区だより・・・その教区に属する
信徒のための小冊子と
言えばいいのでしょうか。
各教会が個性的なものを発行していました。
これはサンバプロ教会のもの。

Advento(待降節)の時期は特に催しが
いっぱいで、その情報(コンサートなど)が
盛りだくさん。あちこちの教会でもらっては
よく出かけました。




En mi habitacion
私の部屋で。
クリスマスカードや絵はがきを飾って
寂しさを紛らわしてました。
手紙は何よりの楽しみだった。




Mi habitacion
家財道具が多少増えた私の部屋。




La postal de Salamanca
サラマンカの名所を紹介した絵ハガキ。
左上から
カテドラルとトルメス川
サラマンカ大学
マジョール広場のイルミネーション
貝の家(中央)
修道院の回廊
新旧カテドラル
ローマ橋のイルミネーション
この建物の色・・・・素晴らしいでしょ?
黄金の街・・・って意味わかるでしょ。






Tarjeta de Navidad de mis amigas
出発直前まで働いていた会社の
同僚の女の子たちからのカード。
あまりにもかわいいので
中身を公開
しちゃいます!

これはカードを送ってくれた友人たちと
会社の引っ越し作業中に撮影。
多分、スペインに行く1年くらい前。
左端がワタクシ。ショートカットだ!




Iglesia de Vera Cruz
左の手紙で内装が素晴らしいと
書いているベラクルス教会。
本当に教会には通いつめた。

揺れるキャンドルの灯を見て
涙したこともあったな・・・。
完全に青春&乙女モードでした!
お恥ずかしい・・・
でも、何に対しても
本当に真剣だったと思う。




La tarjeta de Beatriz
イスパニスタの優しいお姉さま、
ベアトリスからのクリスマスカードです。

励ましの言葉がいっぱいでうれしかった!

皆からのカードや手紙は
私にとって何よりの贈り物だった。




La tarjeta de Gon-chan
多分文字から言ってゴンちゃんのカード。

本当にイスパニスタのお仲間は
素晴らしい!最高!!




La fiesta
この日のCOCINEROはヒロトシ(左)。
料理は上手だったけどね!!!

彼の名誉のため、
顔出しは控えました。




La fiesta
美女マリサとルディ。

このフィエスタの写真はこれしかない。
そんなはずないんだけどね。




Dirty Dancing
妙にはまってしまった映画で何度も見た。
サウンドトラックもCDとカセットで持ってる。
日本でもしつこいくらい見た。

特別魅力的な主人公でもなかったけど、
ここに流れていた曲が
私の中に染みついている感じ。
懐かしい!




La poesia
レバノンの詩人、ハリール・ジブラーン詩集。
もう何も解説は必要ないです。
素晴らしい詩集。

そして精神科医神谷美恵子さんの
訳もまた素晴らしい。
原語で読めたらもっと
感激はひとしおだと思いますが。

どうぞご一読ください。





Recuerdo
全然関係ないけど、
母校での同窓会の写真が出てきたので
宗教と母校の話題がらみで
載せてみました。

清楚なお嬢様ばかりでしょ!?
後列右から2番目がワタクシ。
スペインに行く4年ほど前。


?Por que no participas
a Hispanista?




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