| 第6号 (6月16日発行) |
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★ はじめに 〜 前回の補足 前回のあとがきで、宅配便会社との電話でのやりとりについて触れましたが、これについて、スペインのバスク地方にお住まいのレオさんからお便りをいただきました。 昼食を2時にとるスペインでは、1時過ぎもメディオディアに含まれるのだそうです。わたしはメディオディアは正午という「時刻」だと思っていましたが、これはだいたい12時から午後2時頃までの「時間帯」を指す言葉だということです。 ということで、宅配会社の人の「1時?」というのはわたしの「メディオディア」をさらに正確にさせようとの試みであり、努力であったわけです。自分の都合を押し付けていたわけではなかったのですね。わたしが「メディオディア」の代わりに「12時」と言っていたら、話は早かったのかもしれません。言葉は生活から生まれます。辞書を引いただけではわからない意味もありますね。やっぱり、毎日学ぶことは多いと思いました。 レオさん、どうもありがとうございました。 ★ 世界カラオケ考 先日、我が家に一週間ほど滞在した夫の弟・スティーブが言った。「この一週間で、これまでの人生に聞いたよりも多くのカラオケを聞いた。」 イギリスでカラオケというと、週の半ばの夜にパブで人寄せに行われる余興程度である。わたしの知る限りでは、日本のカラオケボックスのようなカラオケに特化する場所はイギリスにはない。パブがどこかから臨時にその晩だけ機材を借りるという場合が多いようだ。客のほうも、酔った弾みにマイクを握るという程度で、歌を聞かせるというよりは仲間内で馬鹿騒ぎをして楽しむという雰囲気の人のほうが多い。それゆえ、ほとんどの人が友達と一緒に、二人または集団でマイクに向かう。もちろん、他人に聞かせるに耐える程度になるまで、家で練習してくるなんていう人は皆無に近い。お隣りのアリーとトーシュも、オランダでもカラオケはそれほど盛んではないと言う。 ここ、ペドロランド周辺には成熟したカラオケ文化がある。「カラオケとは自分が楽しむことではなく、聴衆を楽しませることである。」という究極の悟りにスティーブが達したのは、ペドロランド滞在4日目の夜であった。一生のあいだにこの域に至るイギリス人は少ない。 この晩、わたしたちは「シナトラ」に行った。「シナトラ」はこのあたりでは珍しい、インド料理を出すレストランである。ということは、当然イギリス人をターゲットとしているといえよう。1週間のうち日曜日はエルビスナイト(エルビス・プレスリーのそっくりさんがエルビスの歌を歌う。)、月曜日は休みだが、その他の夜はすべてカラオケが行われる。DJと呼ばれる司会進行役のイギリス人、クレイジー・クリスが機材の操作も行う。DJもなかなか能力が問われる仕事だ。まず、ユーモアがあって、人扱いが上手でないといけない。歌の下手な人が繰り返し舞台に上がりたいと言ったときに、聴衆のためにやんわりと断れるテクニックが必要だ。それから、歌い手が少ない夜はつなぎに自分も歌えるだけの歌唱力もなくてはならない。 「シナトラ」には備え付けのカラオケ機材があるだけでなく、あちこちにテレビスクリーンが置かれている。カラオケの真の目的である「聴衆を楽しませること」が実現するのは、次の2つの場合である。 まず、歌がすばらしく、それ自体が客を楽しませる場合。この辺りでは、毎晩なにかしらのエンターテイメントを催すバーは少なくない。エンターテイメントの主流はプロの歌手である。カラオケを聞きに来る客の中にはアマチュアの歌手たちにも同じようなレベルを期待している人も多い。実際、今回は休暇でスペインに来ているが、プロの歌手として食べていけるなら移住しようというイギリス人のセミ・プロが「シナトラ」の舞台に上がったこともある。賞金つきのカラオケ大会というのもあるくらいだ。 もう一つは、聴衆自身が歌を歌って楽しむ場合。聴衆の中には歌は好きだがマイクを握る自信がない、度胸がないという人は多い。こういう人たちにとって、カラオケは自分自身が舞台に上がらずに気楽に歌を歌える貴重な機会である。ここに「シナトラ」は目をつけたわけだ。店内あちこちでカラオケの歌詞を映し出すテレビスクリーンを見ながら、聴衆は自分の席で歌い、カラオケを楽しむことが出来る。 わたしたちが「シナトラ」に着いたのは午後8時だった。食事が出てき始めたのは8時半。「シナトラ」のカラオケは始まりが早い。8時半である。はっきり言って早すぎる。うまい歌い手ならともかく、食事中に下手な歌を聞かされるのは消化に悪い。また、明らかにカラオケが食事の邪魔をしているとわかる人もいた。手が歌にあわせて踊ってしまって、フォークとナイフが思うように動かないのだ。 この夜は、明日はイギリスに帰るというサイモン一家がカラオケを独占した。まず、サイモン、次にサイモンの息子(推定10歳)、それからサイモンの妻・マキシーン、そしてサイモンの姑、最後にサイモンの舅が登場した。この間、別の家族の父と娘二人が交互に登場し、一時は家族そろって歌合戦の様相すら呈した。これはさすがにカラオケ文化の発達したこの近辺でも珍しい現象である。しかしながら、歌のレベルはイギリス並みであった。ここでスティーブは、「一家族の楽しみのためにカラオケを利用するのはよくない。カラオケとは聴衆が楽しむためのものである。」という悟りを開いたわけである。 わたしにとって一番楽しかったカラオケは、たぶん去年の夏の「アルフレード」であろう。「アルフレード」はうちから歩いて5分ほどのところにある、みすぼらしいバーである。が、ここではオフシーズンでも週3回、夏のピークシーズンには毎晩エンターテイメントがあり、夏は毎晩満員御礼である。この晩は、プロ顔負けの「ジャスト・ア・ジゴロ」を聴かせたアイスランド人のオリーや、フランク・シナトラを十八番とするイギリス人のサイ、歌はいまいちだけど選曲の楽しさで好評を博したイギリス人のマイクなど、多彩な歌い手が現れた。カラオケも後半に入った夜12時すぎ、酔いがほどよくまわったのか、盛り上がった雰囲気に勇気づけられたのか、スコットランド人青年・イアンが舞台に上がった。歌は、ビートルズの「ヘイ・ジュード」。出来はひどかったがみんながお義理で拍手をしたので、彼は全くこれに懲りなかった。次に歌ったのは、無謀にもクィーンの「ボヘミアン・ラプソディー」である。これはさすがに身のほど知らずで、おのれの限界を悟ったイアンは途中で退散した。しかし、イアンを助けるつもりで歌いだした聴衆はすっかりフレディ・マーキュリーになりきってしまい、その後を引き継いで気持ちよく最後まで歌った。下手な歌手も下手が過ぎるとかえって聴衆を楽しませるものである。ちなみに、イアンと一緒に「アルフレード」に来ていたガールフレンドは、彼が「ボヘミアン・ラプソディー」を歌っている間に帰ってしまったらしい。 下手と言えば、ノルウェー人は歌が下手なことで有名なようである。わたし自身、これまでに歌えないノルウェー人を何人も見てきた。あるバーで、原曲の面影もない「アンチェインド・メロディー」を歌った男性は、司会者に「ノルウェーのどちらからいらっしゃいましたか?」と歌の後で聞かれていた。「ダゲナム(イギリス南東部・エセックス州)」と答えて、イギリス人の大爆笑を誘った。 それでも、つい先日、初めて歌のうまいノルウェー人に遭遇した。最初にノルウェー人と聞いたときには耳栓を詰めようかと思ったが、実に上手にエルビス・プレスリーの歌を歌った。長生きはするものである。 ほとんどのカラオケの歌は英語である。世界的ヒット曲のほとんどは英語なのだから、それもしかたがない。聴衆にうけようと思えば、聴衆のよく知っている英語のヒット曲を歌うに限る。オランダ人やスカンジナビア人たちも英語の歌を歌う。スウェーデン人の誇りはもちろんアバである。「シナトラ」でドイツ人男性が歌うのを聞いたが、彼はエルビス・プレスリーの半分英語・半分ドイツ語の歌を歌っていた。 ある晩、「アルフレード」で飲んでいたドイツ人女性がカラオケのリストブックを見て、司会者のジョンに尋ねた。「ドイツ語の歌はないの?」ジョンのカラオケはイギリスから輸入したものなので、英語の曲しかない。ドイツ語の歌はないと聞くと、彼女はリストブックをたたきつけ、二本指を立てるという挑戦的ポーズをとった。ドイツ人というだけでも不利な立場にあるというのに、これでバーの客全員を敵に回したのは言うまでもない。 スペイン人が歌うのを聞いたことは一度しかない。それも8〜9歳くらいの子供であった。女の子二人が完全スペイン語版の「ラ・ビーダ・ロカ」とラテンノリのスペインの流行歌を歌った。最初はスペイン人の子供ということもあって、やんやの喝采を浴びていたが、3回続けて同じ歌を歌いに舞台に上がった時には、さすがに聴衆もうんざりし、「子供は早く家に帰って寝ろ。」という声も聞かれた。自分はカラオケがうまいと思っている人の十八番は世界共通らしい。フランク・シナトラの「マイ・ウェイ」である。コスタブランカ地方のどのカラオケに行っても必ず誰かが歌うのは、ニール・ダイアモンドの「スウィート・キャロライン」。定住者の年齢層にあっていること、それからこの歌の底抜けな明るさ(「今までにこれほど楽しいときはなかった」というような歌詞)がこの土地にぴったりだからだろう。その「スウィート・キャロライン」をおはことしているのが、ペドロランドのイギリス人住民・モーである。彼はすべての情熱をこめてこの歌を歌う。120%この歌を楽しむ。普通に歌ったのでは歌い足りなので、「グッド」というところを「グー、グー、グー、グゥーッド」と4倍に延ばしてして歌う。彼は特に歌がうまいわけではないが、彼の歌にこめられた情熱は聴衆に感染し、みんなを楽しい気分にさせる。 イギリスでは娯楽は若い人たちのものである。ディスコもクラブも若い人向けだ。中年が楽しめる場所は数少ない。せいぜいパブに行くくらいだろうが、そこでも楽しみはただおしゃべりをする程度である。そんなイギリスを離れ、ここでは熟年層が暖かく長い夜を楽しむためにカラオケに出かける。しかも、アルコールは格段に安いので、毎晩出かけても経済的に打撃は小さい。こうして場数を踏んで耳の肥えた聴衆を相手に、コスタブランカのカラオケ文化は、イギリスよりも高度に、しかし日本とはまた異なった発達を遂げているのだった。 ★ ちょっと関係ないけれど・・・(編集後記) というわけで、今回はカラオケの話でした。わたしの日本でのカラオケ全盛時代は80年代初めなので、日本のカラオケ文化も変遷を遂げているかもしれませんね。今年9月には日本に帰る予定なので、カラオケボックスで英語の歌の練習をして、スペインに帰ったらカラオケデビューを果たそうと思っています。わたしの日本のお友達の皆さん、よろしくお付き合いのほどを。 本編で「シナトラ」の話をしたが、現在はレストラン部門は休業のようである。 「シナトラ」の経営者はイタリア人で奥さんはスペイン人。メニューはインド料理とイタリア料理を二本柱としている。いつもカラオケの終盤にイタリア人のシェフが帽子を斜にかぶって、フランク・シナトラの歌を歌う。もう一人のシェフで、インド料理担当のインド人が、口論の末、調理場助手の南米人を包丁で刺すという事件が最近あったそうだ。怒った南米人従業員全員が店を辞めてしまった。そういうわけで、「シナトラ」では現在、食事は出していないということである。 インド料理なしでは生きていけないイギリス人たちにはつらい現状である。 |