不思議のペドロランド

第17号 (8月17日発行)

★ 水と風車とビールと自転車〜不思議の国オランダ

今回はユーロの話の続きをする予定であったが、予定を変更して、最近訪れたオランダの話をすることにする。

8月6日から5日間、オランダに行ってきた。ペドロランドの隣人、アリーとトーシュを訪ねるためである。7月に始まったばかりのフェリーの便を利用してベルギーのオーステンデまで行った。

始まったばかりのサービスというのには落とし穴がある。従業員にはやる気があるのだが、なにせ設備が整っていない。イギリス側のチェックイン・カウンターで「船の中に両替所はありますか?」と聞くと、ないと言う。そこで、受付ロビー内にあるトマス・クックのコーナーを指して、「そこの両替所は何時に開きますか?」と聞くと、「来年の夏までには開店するはずなんですけど」と言われた。船内には店の看板はかかっていても、中には商品は一つも並んでいない。この日、乗船した乗用車はわずか11台であった。帰りはさらに少なくて5台である。来年の夏までこのフェリー便が存続しているかどうか怪しいものだ。

わたしたちが乗船したのはこのフェリー会社の旗艦だそうで、大きな船である。1987年にゼーブルッヘ港内で沈没し、乗船者に多数の死者を出した「ヘラルド・オブ・フリー・エンタープライズ」号の姉妹船だそうだ。ちょっと先行きの危ぶまれる旅であったが、4時間後無事オーステンデに到着した。

 

オーステンデからアリーとトーシュの家までは4時間ほどかかった。予定では3時間ほどで着くはずだったのだが、アントワープの環状道路が工事中でかなり大回りをしないといけなかったため、大幅に遅れたのだった。

縮尺の大きいオランダの地図を見ると、水色の線がまるで毛細血管のように走っている。これはみんな小さな川や水路である。大きめのが運河。そして、池があり、湖がある。オランダ人はみな泳げると言う。イギリス人には泳げない人が多い。ちょうど北海道と同じように、屋外プールのない学校がほとんどのため、学校で水泳を習う機会がないからだ。夏でも気温が低いので、屋外で泳げる日は年に数えるほどしかない。それも唇を真っ青にしながらだ。オランダではちょっと歩けば水路に当たるので、万が一落ちた場合に備えて子供たちは泳ぎを教えられるのだそうである。

これだけ水に囲まれていると、当然洪水が大きな問題となってくる。アリーとトーシュの家では、年間500ユーロ(約6万7千円)以上を治水対策費として政府に納めているということだ。オランダに住むのもたいへんだが、雨季になると川の氾濫や洪水で何千人・何万人もの死者を毎年出しながらも何も対策を施せないでいる貧しい国々の政府を考えると、やはりオランダ国民は恵まれていると言えるだろう。

着いた翌日、7日土曜日にはアムステルダムで「ゲイ・プライド」と呼ばれるパレードが行われた。ゲイやレスビアンの人たちが山車にしたてたボート乗って運河を練り歩き、同性愛者であることを誇ろうというもので、毎年この時期の恒例になっているらしい。アリーの運転する車で家を出た後、途中で友人3人を拾い、鉄道の駅の近くに車を置いて、総勢6名で電車でアムステルダムに向かった。アリーの友だちで以前ペドロランドに遊びに来たこともあるマリオ、やはりペドロランドで会ったことのあるアリーの友人・ヤンの妹のイングリッド、そして、ペドロランドのすぐ近くに別荘を買ったヴィムのガールフレンド・レイニーである。イングリッド以外はみなペドロランドで会ったことのある人たちだ。わたしたちが来るというので、アリーが予めわたしたちの知っている人たちに声をかけておいてくれたのだ。6月にペドロランドにやってきたエルザとバートには残念ながら会えなかった。エルザが2週間前に開腹手術をしたばかりで、この日はアムステルダムに来られなかったからだ。

 

アムステルダムの駅に着いて驚いたのは、駅前自転車置き場の壮大なことである。3階建て立体駐輪場に所狭しと自転車が並んでいる。駅前自転車置き場は日本で見慣れていたが、これほどの規模にはお目にかかったことがない。

前にエルザから聞いたところによると、オランダでは、雇用者が従業員に自転車かコンピュータを買い与える場合、政府から補助金が出るそうである。イギリスでも、所得税節税のため、管理職クラスに会社が現金の代わりに自動車を支給することはよくあるが、社用車ならぬ社用自転車制度があるとは、さすがにオランダである。

アリーとトーシュは3年前まで自転車店を経営していて、働く喜びを忘れられないトーシュは現在も別の自転車店でパートで働いている(アリーは引退生活を満喫中)。オランダで驚くのは、自転車のバリエーションの豊富さだ。子供と2人乗り用の自転車(前に子供用のサドルとハンドルとペダルがついている)、子供2人用の自転車(前と後ろにチャイルドシートがついている)、ペット用のかごのついた自転車、自転車で牽引するための子供2人乗りサイドカーなど、用途に応じた考えられる限りの工夫がこらされている。それだけ自転車が生活の一部となっているということなのだろう。

駅前自転車置き場を後にし、駅近くのカフェの前を通り過ぎると、いい匂いが漂ってきた。ハッシッシだそうである。

 

ウィンドウショッピングをする人たちを通り越し、横道から現れる自転車に注意しながら、パレードの行われている運河まで行く。橋の上は立錐の余地もない。さらに歩いて、パレードの見えるところを探す。パレード参加者だけでなく、見物人にもゲイが大勢いた。オランダ中の同性愛者が一同に会したかと思われるほどである。もっとも、イングリッドによると、ゲイのような格好をしていても、そうでない人たちもいるらしい。お祭りを楽しむため、この日だけゲイになる人もいるようだ。日の丸国旗を掲げたボートもパレードに参加していたが、船の上に日本人らしい顔は見られなかった。

パレードが終わった後、アムステルダムのマーケットでの仕事を終えたヴィムとその息子・マーセルが合流し、彼らの行きつけのバーでビールを飲む。オランダ人は小さなコップで泡のたくさんたったビールを飲むのが好きだ。小さなコップにするのは冷たいビールを泡の消えないうちに飲み干すため。イギリス人は計量にうるさいので、1パイント(567.5ミリリットル)を注文したら、パイントグラスの縁までビールが入っていないと苦情が出る。オランダ人の注ぐビールのように泡が1センチ以上もあったら暴動が起こるだろう。オランダ人は泡が消えてしまうと、わざわざコップをもう1つ注文して、2つのコップに交互にビールを移して、泡がたったところを飲む。

 

仕事を終えたトーシュがバーにやってきて、駆けつけ一杯をひっかけた後、みなで食事に出かけた。中華料理・コイン式のスナックバーなど意見が分かれたが、結局タウン誌で評判のいいレストランというところに行った。モダン・オランダ料理というジャンルにでも入るのだろうか。入り口に救急車が止まっていたのはちょっと不安であった。

食事を終えた後、飾り窓の女たちを見に行く予定であったが、マリオが酔っ払ってしまって、このままだと誰かに喧嘩でもふっかけかけないというので、家に帰ることにした。

アムステルダム中央駅で各駅停車の電車を待つこと約40分。12時過ぎなのであまり電車がないのはしかたがないのだろうが、山手線とは大きな違いだ。やっと電車が発車するが、車内はとたんに騒々しくなる。マリオが隣の席のグループと話を始めたようだ。

オランダ人がほかのヨーロッパの国民と違うのは、見ず知らずの人に平気で話しかけ、しかも会話を始めてしまうという点である。これは一種のカルチャーショックであった。イギリス人も日本人のわたしからしてみれば、よく他人に話しかけるように思う。が、これはある共通の体験(通常悪い体験、たとえば天気が悪い、暑すぎる、店員のサービスが遅い、バスがなかなか来ないなど)を強いられるときに、被害者としての連帯意識から他人に向けて自分の感想を発する(当然共感を得られると予想して)という場合に限られているように思う。ところが、オランダ人の場合は全然知らない人にあたかも友人のように普通に話しかけ、しかも会話を交わしてしまうのだ。わたしのイギリス人の夫もオランダ人には驚いていた。ふたりで結論に達したのは、日本人もイギリス人もまったくの他人に話しかけるのは、相手のプライバシーを侵すことになると考えるということである。それゆえに、用事のない限り見ず知らずの人には話しかけない。レイニーにこの文化解析を述べたところ、「友達がたくさんできたほうが人生は楽しいじゃないの」と言われた。これがオランダ人の態度なのだろう。

隣の席の若い女の子二人は手を握り合い、お互いの目を見つめてうっとりしている。そこへ次の駅から、テクノポップ系音楽中心の巨大な屋外ダンスパーティーを終えた若者たちが大勢乗ってくる。アリーがわたしたちの向かいに座っている若いアベックの女の子のほうになにか声をかけたかと思うと、彼女は持っていた飴の袋をアリーに渡した。どうやら、トーシュが彼女の飴をほしかったので、アリーに頼んで彼女からもらってもらったようである。アリーとトーシュが飴を取ると、飴の袋が彼女に戻ってきた。向かいに座っているわたしたちに飴を勧めなかったのは失礼ではないかと夫は憤慨していたが、わたしには、見ず知らずの他人に飴を要求するトーシュに対する驚きのほうがずっと大きいのだった。

そういえば、昔、井の頭公園の池でボートに乗ってカレー味のプリッツを食べていると、別のボートが近づいてきて、乗っていたインド人にプリッツをほしいと言われたことがあった。箱を渡したら、半分以下に減って戻ってきた。この事件にも驚いた(というか腹が立った)が、トーシュにはもっと驚いた。

日曜日は、風車村とでも言うような観光地に行った。ここでも、アリーとヴィムはアイスクリーム売りに話しかけたりしているので、また驚いていたら、彼は知り合いだということだった。その後フォレンダムという湖畔の町に行く。みやげ物店やレストランにシーフードの屋台が並び、まるでイギリスの海辺の行楽地のようであった。

この後、予定ではアムステルダムに行き、飾り窓の女たちを見ることになっていたが、アムステルダムまで出て行くのが面倒くさいので、結局アリーとトーシュの家の近くの湖畔のレストランでビールを飲むことにした。

翌日月曜日は、テクセルという島に行った。魚好きのアリーには、とても魅力的な島である。オランダ名物という生のにしんを食べた。刻んだたまねぎを添えていただく。自分にはちょっと生すぎるというのが一口食べた夫の感想であったが、4月にロンドンで寿司をご馳走になったきり、生の魚を食べていなかったわたしには久々の刺身体験でうれしかった。トーシュは見るのも気持ちが悪いという風情である。もう1つのオランダ名物が燻製のうなぎであるが、これは試す機会がなかった(というか勇気がなかった。これは見た目があまりよくない)。前日レストランでビールを飲んでいるときにも、酒の肴に生の挽肉をソーセージ状にして輪切りにしたようなものが出てきたが(ちょうどサラミソーセージを生にして厚切りにしたような感じ)、これもアムステルダム名物だそうだ。スモークサーモンですら苦手なイギリス人は多いが、オランダ人はイギリス人よりずっと食に関しては冒険心がある。

 

有名な飾り窓の女たちはついに見る機会がないまま、5日間が終わってしまったが、とてもおもしろい体験であった。水と風車と自転車に彩られたオランダの風景も独特であるが、なによりもオランダを特別なものにしているのはそこに住む人々であろう。イギリス人ともスペイン人とも違う。また、ドイツ人とは全然違う(オランダ人がドイツ人を嫌いなのは、戦争体験よりは性格の違いからではないかと思う)。おおらかで、あくせくせず、人目を気にしないで、自分の好きなように人生を楽しむ、そんなわたしのオランダ人像はオランダに来てもやはり変わらなかった。天気にも恵まれた真夏の5日間、オランダはわたしの中で太陽輝く不思議な人たちの暑い国として記憶に残ることだろう。

次号は途中だったユーロの話を終わらせる予定である。それでは、次号でまたお会いしましょう。


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